3.20

 今日は春分の日ですね。人生で初めて山登りをしてみたのですが(遠足は除く)、今はふくらはぎがパンパンになっています。普段は車移動で、ここ数年は平日はおろか休みの日でもランニングやウォーキングも一切していなかったからなぁ。さもありなん。筋トレもいいですが、たまには有酸素運動を取り入れていかないとですね。

春分の日を含む祝日は、年によって日付が異なるのであえてあまり覚えないようにしているのですが、3.20という日付には毎年反応してしまいます。

1995.3.20

もう29年が経過します。今の若い人は地下鉄サリン事件を知らない人も多いみたいですね。私はもちろん当事者ではありませんが、昨日のことのようになぜかこの日のことは覚えているのです。

  当時私は12歳。春休み中で、朝からTVをつけながら塾の宿題をしていたのですが、8:30頃にニュース速報が入り、各局が全て緊急の臨時ニュースに切り替わっていったのを憶えています。初めは地下鉄の駅で爆弾が爆発したみたいな内容だったのですが、次第に訂正されていき11:00過ぎにはサリンという文字が画面上に出てきたことも憶えています。東京で何やら恐ろしいことが起きている。。そんなことを思いながらお昼から塾に行った記憶があります。次の日の記憶はほぼないのですが、翌々日の3.22からTVの画面は”オウム”一色でした。なんだオウムって、サリンの事件をやりなさいよ、と思ったのを覚えています。

  翌月から私は中学生になったのですが、入学して早々、購買部のおばちゃんに麻原は捕まったのかを毎日聞きに行っていた記憶があります。当時はインターネットもほとんど普及してなかったですし、スマホも携帯も無かったですからね。お昼前に出勤するおばちゃんの情報が頼りだったのです。

  そんな世間を驚愕させた地下鉄サリン事件、私の当時のタイムラインにも合致しますが、第一通報から”サリン”特定までわずか2-3時間です。ネットも一般的ではなかった29年前ですよ?死者こそ発生していますが、後遺症に苦しむ人も含め、その数を最小限に抑えることが出来たのは、迅速な原因物質の特定と診断、治療薬の選択があったからと言われています。アメリカやイスラエル軍も奇跡と称賛するこのスピーディーな対応の裏には、ある1人の若い医師の知識が関係していたと言われています。その日たまたま配属されていた自衛隊所属の若い医師が、事件の1週間前に実施された上級幹部過程の卒業試験対策として勉強した内容の中にたまたまサリンがあり、その試験勉強の過程で得た知識が早期の原因物質の特定と更なる被害拡大の防止に役に立ったというのです。

  何の役に立つのかわからないような知識でも、いつかは人の役に立てることもある。どうせ使わない、役に立たない、私には関係ない、と決めつけて勉強しないことは自分の能力に対する冒涜でもあります。

  パンパンに膨らんだ脚の筋肉を揉みほぐしながら、次回登るであろう山の噴火活動や火山の歴史について私は今日も勉強するのでした。火山の知識が患者さんの歯科治療に役立つ日が、果たしてくるのだろうかなどと考えながら。

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